物語全体の考察という大物を一旦片付けたので、しばらくはエピソードの具体的なシーンに関する考察を気兼ねなく行っていきます。今回は金蔵の大往生に関する話です。
彼の大往生と言えばやはりEP7でベアトリーチェが当主と黄金を継承した魔女の誕生日、1984年11月29日のシーンが印象深いのですが、実はEP5でも蔵臼・夏妃夫妻の前で大往生するシーンが描写されています。
一体どちらが真実なのでしょうか?

1.シーンの整理

■EP5の大往生シーン

>「……お、お父様は…、……お父様は………。」
「落ち着きたまえ。……今、南條先生が診ている…。」
おぼつかない足取りの夏妃は、蔵臼に支えられながら書斎の奥へ向かう。
>そこには右代宮家当主に相応しい貫禄あるベッドがあり、南條と源次、熊沢の姿もあった…。
「南條先生…。お、…お父様は……。」
南條は深いため息を吐き出してから、ベッドの傍らを空けた。
>ベッドには、横になって眠る金蔵の姿があった……。
>「………大往生だ。…金蔵さんも心残りはなかっただろう。」

(EP5より抜粋)

EP5では、蔵臼、夏妃、源次、熊沢、南條の5人が金蔵の書斎で金蔵の死を看取るというシーンが描写されています。

■EP7の大往生シーン

>「……皆さんは、……知ってたんですか………。私のことを………。」
源次も熊沢も、南條までもが、無言で頷く。
(中略)

>「ありがとう、……理御。我が子よ……。………そしてベアトリーチェ。最後に、許しを請う機会を与えてくれて、……ありがとう………。
……もちろん、これしきで許されたとは思いはせぬ。……続きは地獄の業火で焼かれながらとしようではないか。
………右代宮金蔵ッ、我が生に一切の未練なしッ!! もはや何もなし! 心残りも遣り残しも何もなし!!
 わはは、……わっははははっはっはっはッ!! わあっはっはっはっはっはっはっはっはッ!!!」
(中略)
>脈を取ったりしていた南條は、小さく首を横に振るとゆっくりと立ち上がる。
「…………大往生だ。……何の心残りもないだろう。」
(EP7より抜粋)

EP7では、安田紗代、源次、熊沢、南條の4人が金蔵の大往生を見届けます。
これは明らかにEP5とは食い違うシーンですが、果たしてどのように解釈すべきでしょうか?
片方、特にラムダのゲーム盤であるEP5の信憑性を疑い、こちらを創作だと考えるのは容易いのですが、ここではやはり「描写されたことは可能な限り真実として解釈する」という前提(モットー?)で考察を進めていきたいと思います。


2.南條の嘘による両シーンの成立

なぜ両方のシーンが真実であると考えにくいかというと、「人は1度しか大往生ができない」という冗談のような事実があるからです(さすがに「金蔵さんならやりかねない」とは考えません)

ポイントは、EP7では金蔵が大往生するという様子がそのまま描写されている一方、EP5では南條が「大往生ですな」という台詞を発するだけの描写になっている点にあります。
つまりEP5の時点で既に金蔵が死んでいると考えると、南條がその場で金蔵が死亡したかのように診断をするだけで蔵臼・夏妃にその日に死んだと誤認をさせることが出来るためです。
実際、EP5の大往生シーンでは金蔵と会話をする者は一人もいませんでした。

南條の診断を嘘である考えると、EP7のような安田紗代の前での大往生→EP5のような蔵臼・夏妃の前での大往生が両立するというわけです。


3.蔵臼・夏妃を騙す必然性

南條が嘘をついて蔵臼・夏妃を騙したという仮説では、「なぜそんなことをしたのか?」という疑問に答える必要がありますが、それについては合理的な説明を行うことが可能です。
まず前提として、全エピソードについて「蔵臼・夏妃は安田紗代が真の当主であることを知らない」という前提があります。そして全エピソードについて「蔵臼・夏妃は金蔵の死を知っており、それを他の親族に隠している」という前提があります。

まず「蔵臼・夏妃に安田紗代が真の当主であることを知らない」という話について、EP7では

>「今夜のことも、全て内密にして下さい。………私は、これからも私のままでいます。
……私が右代宮家の当主になって、……あるいは黄金を手に入れて、やりたいことなど何もないのですから。」

(中略)

>「この島で、………これまでと同じように、……待っていたいだけなのです。これまでと同じに、……何も変わらずに。………それだけが、私の望みです。」
>「………………………。
畏まりました、お館様。……今夜のことは全て、この場限りの秘密と致します。……熊沢。南條先生。新しき当主様はそうご希望でいらっしゃいます。」

(EP7より抜粋)

という展開になっています。
この先の展開はEP7では語られないのですが、安田紗代が真の当主になったことを黙っているだけならばまだ簡単なのですが、金蔵が死んだということを蔵臼と夏妃に隠し続けることは難しいという話になると考えることは不自然ではありません。
よって、真相を知る源次、熊沢、南條が蔵臼と夏妃を騙すような形で金蔵の死を認めさせるということは彼らにとって合理的な判断の結果だと考えられます。
これで、「蔵臼・夏妃は金蔵の死を知っており、それを他の親族に隠している」という条件も満たしつつ、EP5とEP7の2つの金蔵の大往生シーンが実際に現実に存在した場面であると考えることが可能となりました。


4.南條達の芝居の実現性

最後に、蔵臼と夏妃を騙すことが現実的に可能なことなのかという点について考察します。
蔵臼も夏妃も騙されやすいという印象が強いキャラクターなので簡単だろうと考えても良いのですが、さらにこの芝居を成功させる条件が整っていたことを示します。

夏妃が金蔵の部屋に入ってきたシーンで、

>扉を開くと、ぶわっと強く甘い、毒の臭いが溢れ出して来る。
>それに顔をしかめるのは、当主様に失礼といつも思いつつも、条件反射的にそうしてしまうことに、夏妃はいつも自己嫌悪していた…。

(EP5より抜粋)

という描写がされます。金蔵の部屋は日頃から強い臭いが充満しているという状態にあり、金蔵の死臭を覆い隠すのにうってつけだったと言えます。
さらに、

>「…同じ死ぬなら、せめて寝込んで一年後に死亡とか。もう少し、然るべき準備の猶予期間を設けてから死んで欲しかったがね。」
(EP5.蔵臼)

という台詞があります。これは、蔵臼と夏妃が金蔵が寝込んだと聞いてから彼らと遺産分配や死後の手続きなどの話をする暇もなく金蔵が死んだという状況を示しています。

以上のことから、蔵臼と夏妃に金蔵の死亡時期を誤認させることは困難ではなかったことが示されました。


まとめ

蔵臼・夏妃に関して、
「安田紗代が真の当主であることを知らない」「金蔵の死を知っており、それを他の親族に隠している」
の2つの条件が成立する為にどのような展開になっていたのかを考えることで、南條が金蔵の死亡時刻を蔵臼・夏妃に誤解させる嘘をついた結果、EP7→EP5の順で金蔵の大往生シーンが現実にも存在した真実であると言えました。

それにしても、「金蔵が既に死んでいることを隠して騙す」というトリックを仕掛けた蔵臼・夏妃が同様の手口で同じトリックに掛かっていたと考えると皮肉なものがありますね。
南條先生の診断には気を付けましょう。