「うみねこのなく頃に」の話が全体的に分かりにくい!
長々と書かれた考察とか読むのも大変だしわからないとこだけ教えて欲しい!
という人にお答えするために、この作品の分かりにくい部分をどのように読むと分かりやすくなるのか、という点に特化した記事を設置しておこうと思います。
基本的に一問一答方式で、見てくださった人の質問や新たな思いつきの追加で順次追加・更新の可能性があります。
もし「こんなことが聞きたい」というような質問がありましたら、気軽にコメント欄に書き込んで下さい。

尚、この内容はあくまで「うみねこの読み方のひとつ」であることを予め宣言しておきます。


■うみねこ全体について

Q.ベアトのゲームのミステリーの犯人は結局誰なの?
A.犯人は「紗音、嘉音と同一の肉体を持つベアトリーチェという名の人物」です。
紗音、嘉音、ベアトリーチェは同一の肉体を持ち、3人の人格が登場人物として描写されます。
共通の共犯者である源次、熊沢、南條に加え、EP毎に異なる人物を買収し、共犯者としています。
トリックの詳細は別項目にまとめますが、まずはそれを念頭に読み進めるだけでもずいぶん分かりやすくなるでしょう。

Q.EP毎の共犯者って?
A.・全EP共通……紗音・嘉音(同一の肉体)、源次、熊沢、南條
・EP1……絵羽、秀吉 ・EP2……楼座、郷田
・EP3……郷田、絵羽、秀吉 ・EP4……戦人を除く全員
・EP5……夏妃とヱリカを除く全員 ・EP6……ヱリカを除く全員
注意……真里亞はベアトリーチェの言うことを盲信する存在であり、比較的協力的な立場であると言えるが厳密には共犯者ではないと言える。

Q.本当はいないはずの金蔵と、紗音と嘉音の同時登場シーンはどういうこと?
A.犯人と共犯者達の「口裏合わせ」によって成立した虚構の出来事が、実際の出来事のように描写されているシーンです。

Q.黄金蝶の演出は何? 煉獄の七姉妹みたいなファンタジーのキャラクターが出てくるシーンはどういうこと?
A.被害者が殺される直前の30分前からは、被害者が幻想キャラクターに殺されるという「幻想描写」が挿入される可能性があります。その幻想描写の始まりの合図として黄金蝶の目撃という演出が始まります。

Q.一人二役の変装とか親族の買収とかそんなに都合よくいくものなの?

A.都合よく成功した場合のシナリオが「メッセージボトルの物語」及び「偽書」に書かれたもので、その内容を元に構成された幻想世界が「ベアトのゲーム」という訳です。トリックが現実に成功するかどうかは考える必要はなく、回答者のすることは出題されたミステリーの真相を暴くことだけです。

Q.メタ世界ってどういうもの?
A.ベアトのゲームの物語を観測する戦人(メタ戦人)が魔女幻想を否定する為に挑戦するという物語が進行する世界です。
これは1986年より未来の「八城十八の中の右代宮戦人」がメッセージボトルの物語に書かれた事件に対して向き合ったことから生まれたファンタジーの「幻想世界」です。

Q.幻想世界って何?ファンタジー?
A.ファンタジーです。その世界が作中の創作かどうかは考えず、「そのようなファンタジーの世界が存在してそこで物語が進んでいく」という見たままの読み方が可能です。
幻想世界の物語は「作中の現実世界を幻想的に解釈した物語」と捉えることができます。
(それを観測するのが観劇の魔女フェザリーヌ、及び私達リアル読者です)

Q.「赤き真実」は信じていいの?
A.良いです。ただし宣言された言葉の解釈の仕方に注意が必要です。

Q.「赤き真実」が真実だって誰が保証するの?
A.ベアトのゲームに対してならば後見人であるラムダデルタ、現実世界に対する言及ならば「カケラ」を観測出来る航海者ベルンカステル、物語の全ての情報に対しては物語全体を俯瞰できるフェザリーヌが真実を保証します。

Q.1998年の現実世界の縁寿の描写は何がどうなっているの?というか何が現実に起きていた話なの?
A.1998年に限らず、「1986年10月4日~10月5日の六軒島の出来事」以外の出来事は全て事実として扱えます。幻想描写によって脚色されたシーンは例外ですが、それらも事実を元にした脚色として解釈できます。

Q.作中の現実世界を観測しているのは誰なの?あと1998年の縁寿に関して違う出来事が起き過ぎじゃない?
A.航海者であるベルンカステルや観劇の魔女フェザリーヌは現実世界を物語のように観測することができ、さらに「ifの世界」も「異なるカケラ」として観測されるという設定で全て平行世界の事実として扱うことができます。
何度も描かれる1998年の縁寿の物語は「何度も描かれる1998年の平行世界の縁寿の物語」として解釈して構いません。

Q.ループした記憶を持つ縁寿がいるけどそれって現実にはありえなくない?ファンタジーじゃない?
A.ファンタジーです。メタ世界の戦人やベアトリーチェ、ベルンやラムダやフェザリーヌ等と同じように、ループした記憶を持つ縁寿(メタ縁寿と呼びます)は「幻想世界の登場人物」の一員と思えば良いでしょう。

Q.1986年の2日間だけ事実が描写されないのは何故?
A.ラムダデルタがその2日間の六軒島を「ベアトリーチェの領地」として認めた結果、事実でなく「ベアトリーチェという魔女が主張する出来事」が観測されることとなりました。ベルンカステルはそのラムダデルタに対抗して真実を暴くことを目的として動きます。

Q.フェザリーヌってどういう存在?神様?
A.実質的に神様みたいなものと思って構いません。「現実世界を物語のように観測する航海者ベルン&ラムダ」をさらに物語として観測でき、時にはその物語を自在に創りだす力を持っています。

Q.じゃあ八城幾子が作中現実の神様ってこと?
A.それは違います。作中現実の縁寿とループ記憶を持つ「メタ縁寿」が別の世界の存在であるように、八城幾子とフェザリーヌも別の世界の存在です。

Q.幾子とフェザリーヌの外見が似ているのは何故?
A.幾子は、八城十八の中の右代宮戦人と六軒島事件の魔女幻想、そして作中現実の縁寿を取り巻く物語を「傍観」そして「偽書として執筆」する存在です。
それが「幻想世界における観劇の魔女」として解釈された結果生まれたものがフェザリーヌです。
フェザリーヌは自身と立ち位置が似ている現実世界の幾子を幻想的に解釈することで、自分自身が物語に登場して行動するという立場で観劇を実現させたと考えることができます。


■作中現実の流れについて

Q.結局1998年の縁寿はどのような人生をたどったの?
A.六軒島事件の情報や真里亞の日記、八城十八の書いた偽書を通したメッセージなどに触れた結果、EP3~8の縁寿のような経験を「内面世界での長い旅」として自身の生き方に反映させます。
その結果、手品エンドのカケラなら自分に都合の良い真実を求め続ける血に染まった人生を、魔法エンドのカケラなら世界的なファンタジー作家、寿ゆかりとしての人生を送ります。

Q.寿ゆかりが十八を招待した福音の家でのシーンはどういう意味?
A.寿ゆかりは自分へメッセージを送ってくれたと理解した戦人の為に、ベアトリーチェのいる六軒島の屋敷は憎むべき場所ではなく、幸せで温かみのある場所であったというメッセージが届いていたことを示す為に福音の家を六軒島の屋敷を模して作り、孤児達の幸せのための施設にし、そこにベアトリーチェの肖像画も飾りました。
そしてそこに招待された八城十八はそのことを理解し、彼の中の右代宮戦人が帰る場所が出来たという救いを得ることとなりました。
そのシーンをもって「最愛の魔女ベアトリーチェに捧ぐ物語」が完結します。

Q.「この物語を、最愛の魔女ベアトリーチェに捧ぐ」と書いたのは誰?ベアトは十八の最愛の魔女では無いでしょ?
A.「うみねこのなく頃に」の物語を幻想世界も含めて観劇、執筆出来るのは航海者の魔女より上の造物主の領域の魔女です。
造物主の域に至ったのは観劇の魔女であるフェザリーヌがまず挙げられますが、そこに加えて八城十八の存在が幻想世界に反映された「バトラ」も造物主に至った魔女(魔術師)であると考えられます。
バトラがあらゆる階層よりも上の存在であることはEP6のTIPSで確認でき、彼が最後の一文を書いたと解釈すると「最愛の魔女に捧ぐ物語」を「ベアトリーチェを理解したバトラ」が贈ったと解釈できて筋が通ります。

Q.結局1986年10月5日~10月6日の六軒島は何があったの?
A.安田紗代が実際に碑文殺人計画を開始し、初日で碑文を親族に解かれ、EP7で縁寿がベルンカステルに見せられた展開のように留弗夫&霧江による虐殺が発生します。
その後、致命傷となっていなかったベアトリーチェは生き残り、EP8で語られるように戦人と一緒に島の爆発から難を逃れ、モーターボートで脱出します。
そして彼女はモーターボートで本土に向かう途中、海に身を投げ命を落とします。戦人は後を追いますが、彼女を救えず本土に漂着し、生き延びた彼は戦人の記憶を自分のものとして認知できない八城十八として生きていきます。

Q.ヤス(安田紗代)って実際に殺人と爆破を計画してたの?動機は?
A.安田紗代は実際に殺人と爆破を行う計画を現実でも行ったと考えられます。
動機は自身が解決できなかった、複数の恋心、恋心の向かう先が自身の血縁だったという絶望、約束を果たさない戦人への負の感情、子供の産めない肉体へのコンプレックス、右代宮一族と使用人に対する憎悪、自身の人生の悲観etc……と言った様々な問題に対しての向き合い方を「碑文殺人というルーレットの結果」に求めたことにあります。

Q.碑文殺人のルーレットの結果、死者が何人も出たら恋の成立なんて無理じゃない?
A.ルーレットの結果、奇跡が起きれば死者が出る前に碑文を解いた者と恋を成就出来るという計画なのですが、確かに現実的に起きる可能性が高いのは全員を巻き込んだ全員の死で、碑文を解かれたとしても何人もの死亡者を出した末の恋心の確定です。
それらはとても良い結末にはならないのですが、彼女はそれを「自分への罰」として受け入れる気持ちで計画を実行したということです。
そこまでしないと一人で死ぬことも恋を終わらせることも決断ができなかった、という心境ということでしょう。

Q.安田紗代は紗音と嘉音の二重生活を実際にしていたの?
A.していたと考えられます。八城十八が右代宮戦人の記憶に襲われる際に嘉音の映像が描写されたのですが、それは現実の1986年の六軒島でも戦人と嘉音の出会いがあったことを示しています。
それが現実に可能だったのか?という問題に対しては作中描写からは「源次、熊沢、南條の協力と嘉音が寡黙という設定だったから可能だった」としか説明できませんのでこれ以上は不問とします。

Q.安田紗代は多重人格だったの?
A.一般的にいう多重人格や分裂症と言った現実の症例に当てはまるものではない、と考えられます。
彼女は空想の世界の中で自分の複数の人格として振る舞い、現実の世界で一人二役を演じる振る舞いによって自身の苦悩から逃避するという、「問題を棚上げする」際に特殊な方法を用いていた人物だと説明できます。
そのような生き方になってしまった原因は彼女の特殊な生まれと一般人とはかけ離れた六軒島中心の生活にあると言えるでしょう。


~準備中~

■幻想世界の設定について
■その他の疑問点