EP5の序盤に「1986年に破壊されていないさくたろう」が描写されるのはお気付きでしょうか?
それが出てくるのは、1986年親族会議が迫る作中現実世界で、絵羽、留弗夫、楼座が事前に集まって金蔵の死が隠蔽されている可能性について話し合う打ち合わせをする場面です。
楼座が留弗夫との電話中に以下のような描写があります。

>真里亞は自室で、さくたろうたちとはしゃいでいる。
次の日曜日に、出来たばかりの遊園地、デルゼニーランドに連れて行ってもらえることになっているからだ……。

(EP5)

時期は1986年、通常ならばさくたろうは破壊されているはずなのに何故健在なのか……?
一時期は作者の不手際なのではないか?と疑われ、一部で「バグたろう問題」等と呼ばれることとなりました。
(これはEP5には他にも複数の不手際があり、修正を受けたバグが存在していたことに由来しています)

しかしこの描写は原作だけでなく、後から発売された、PS3版や小説版でも同様に存在し、修正されていないことから「作者の誤り」と考えることは早計であると考えざるを得ません。

ここではその1986年のさくたろうの存在を説明する為の考察を行い、さらにそれを切り口として考察することで判明する「EP5でラムダが作ったゲーム盤はベアトのゲーム盤と何が違うのか?という謎について整理します。

1.さくたろうの入手と破壊時期の確認と真里亞の性格の変化

まずはおさらいとして、さくたろうがいつ入手され、いつ破壊されたのかについての情報を整理します。

真里亞がさくたろうを手に入れるのは1984年の誕生日(3月29日)です。
その根拠としてまず、EP4によるとさくたろうを貰う時に既に真里亞は学校に入学しているため、1983年4月以降であることが分かります。

>「うー。悲しくなんかないよ。だって、これからはさくたろが一緒だもん。ね? さくたろ?」
(EP4.さくたろうをもらった場面。縁寿に学校で受けるいじめについて語った真里亞)

次に、EP7によると1984年の親族会議以降の段階でベアトリーチェと真里亞が擬人化されたさくたろうについて会話をしています。

>「姿や名前だけじゃないよ。もっともっと深く知ることによって、それはとても強く存在することが出来るの。だから、色々なことを考えてあげるの。」
「例えばそれは、さくたろうもであるか?」

(EP7.1984年。ベアトと真里亞の会話)

以上により、1983年4月以降、1984年10月以前の真里亞の誕生日、すなわち1984年3月29日がさくたろう入手日であることが分かりました。
次にさくたろう破壊が行われたのが1984年秋であることを示します。

まず、真里亞は縁寿をマリアージュ・ソルシエールから破門し、さくたろうを破壊されてから「黒き魔法」をベアトリーチェに習うようになり、魔女を認めない人間を見下すような言動をとりはじめます。

>「成ったんだ…!!真里亞はもう、真里亞じゃない…!!まだ見習いかもしれないけれど、ニンゲンの世界を超えた…!私はもう、原初の魔女見習い、マリアなんだ……ッ!!!(中略)き、……ひっひひっひっひっひっひっひ!」
(EP4.さくたろうを破壊した楼座を魔法で殺害することをベアトリーチェに教えられた真里亞)

そしてこの「黒き真里亞」の言動は1985年親族会議の時点で行われていることがEP7の朱志香の回想により判明します。

>「(前略)ベアトリーチェのことを馬鹿にする無知蒙昧愚昧曖昧、愚かも極まれりの汚らしい毒素塗れのニンゲン風情!!きっひひひひひひひひひひひっひっひっひっひ!!」
(EP7.朱志香と喧嘩をした真里亞)

さらに、真里亞がさくたろうを破壊された日は「晩秋」と呼ばれる季節(一般的に11月頃)です。

>家に帰れば暖房があると思えばこそ耐えられる晩秋の外気も、鍵をなくし、途方に暮れる真里亞には堪えるものだった。
(EP4.さくたろうを破壊される日)

よってさくたろうを破壊されるのは入手日である1984年3月以降、1985年10月以前の晩秋、すなわち1984年の11月前後であることが分かります。
加えて、1984年親族会議の日に縁寿にさくたろうを否定され、マリアージュ・ソルシエールから縁寿を破門するという出来事があったことも類推できます。

以上から、さくたろうと真里亞について以下のようにまとめられます。
・真里亞はさくたろうを1984年3月に入手した。
・1984年11月までに縁寿にさくたろうを否定され、楼座にさくたろうを破壊された。
・さくたろうを破壊された真里亞は黒き魔法をベアトリーチェに習い、魔法を認めない人間を見下すオカルトマニアとなる。

そして、EP5で1986年にさくたろうが破壊されていないことが、他のゲーム盤の設定と大きく食い違っていることであると分かりました。
次項からそのEP5における不可解な異変の原因について考察を行います。


2.EP5ゲーム盤の真里亞の異変:「マリアージュ・ソルシエールは存在していない」

EP5はヱリカという濃いキャラクターも登場し、複雑なゲーム盤が展開されるので見落としがちですが、真里亞の性格が他のゲーム盤と異なっています。
「描写がない」ことを根拠とするため引用による根拠の明示は難しいのですが、本文全体を読むと
・真里亞がオカルト知識で他人を見下すことをしない(ゲーム盤では「きひひひひ」という奇声も上げない)
・楼座が真里亞を叱らない。

と言ったことを確認できます。

これらの情報に、「さくたろうが破壊されていない」という情報を加えると、ある仮説が浮かび上がります。
それは、「EP5ではマリアージュ・ソルシエールが結成されていない」という大胆な設定変更です。

マリアージュ・ソルシエールが結成されていないという仮説はこれまで述べたEP5での異変を以下のように説明します。
・マリアージュ・ソルシエールが結成されていないためさくたろうが擬人化されない
・さくたろうが擬人化されないため真里亞はさくたろうをただのぬいぐるみとして扱い、楼座を怒らせない
・擬人化されたさくたろうが縁寿に否定され、楼座に破壊されることが無かったため、真里亞が他人を見下す為のオカルト知識に傾倒しない

加えてEP5の事件で描かれた魔法陣は他のEPの事件と違い、とても下手なものとなっていたことを根拠としてベアトリーチェが魔法の設定を重視していないという仮説をあわせて考えることができます。

>ヘブライ語、下手ね。少し間違ってるわよ。
>「……何これ…。どういうこと? どうして魔法陣が?」「きっとベアトリーチェさまの真似がしたかったのよ。あっは、下っ手くそな魔法陣…!」

(EP5.第一の晩にて。煉獄の七姉妹のコメント)

この異変については、「この魔方陣は紗音・嘉音以外の子供たちが狂言の筋書き通り作成したものだから」という理由も考えられるのですが、もしもベアトリーチェがこれまでのEP通り魔方陣を綺麗に描きたいと考えるなら、これまでのEPでの魔方陣作成に使われていたような「魔法陣の型」を子供たちに使うような狂言の筋書きを用意すれば良いと考えられます。
綺麗な魔法陣を描かなかった理由は、ベアトリーチェが魔法の設定を重視していないからであると説明できます。
そしてこの仮説はマリアージュ・ソルシエールが結成されなかったという事態を説明します。

すなわち、ベアトリーチェが魔法の設定を重視していないためマリアージュ・ソルシエールが結成されず、そして魔法陣を綺麗に描くという動機が失われたという異変が発生したと考える事ができます。


3.愛の無いゲーム盤:「恋の芽を預けられていないベアトリーチェ」

 しかし、これまで魔法の設定に拘っていたベアトリーチェが魔法の設定を重視しないという大きな変更が発生する余地はあるのでしょうか?
それはEP5ベアトリーチェの動機をEP7で説明された「恋の芽」に関して考察することで説明をすることが可能です。

EP5のゲームはラムダデルタがGMとして作ったもので、ロノウェはそれについて「愛が、ありませんな」と、
そしてワルギリアが「冒涜だから、誰も“やらない”」ことをしているとコメントしています。
これはEP8漫画版で戦人によって解説されたように、「戦人を買収して共犯者とした夏妃への復讐劇」がEP5の真相であるからと説明できることです。
ここではこのEP5の真相と、「ベアトリーチェが魔法の設定を重視せずマリアージュ・ソルシエールを結成しなかった」という仮説を共通して導くことが出来る仮説を示します。

まず、EP5のベアトリーチェの動機は「自分の育児を拒否し、崖から突き落とした夏妃への復讐」のみであり、他のゲーム盤にあるような「恋の決着」「戦人による謎解き」という動機が無いのです。
そのためEP5では恋愛に関する描写が一切なく、戦人を買収して共犯者にするという真相が用意されているゲームとなっている訳です。

このような動機の変化は、ベアトリーチェの過去に遡り「恋の芽」について注目すると説明が可能となります。
もともとベアトリーチェは、1983年に紗代を苦しめる戦人に対する「恋の芽」を預けられたことから六軒島での活動を始めたという存在でした。

>そして、ベアトリーチェ。これからはあなたが、恋の芽を受け継ぐ。それはつまり、……戦人に恋焦がれ、彼を待つという役目が、あなたになったということ。
あなたは、六軒島の夜に君臨する魔女であると同時に。右代宮戦人を、3年前のあの日から、ずっと待ち続けているのです。

(EP7.1983年親族会議の日)

つまり、「ベアトリーチェの動機に戦人への恋心がある」ことの理由はそのまま「ベアトリーチェに戦人に対する恋の芽があるから」と考える事ができます。
そしてこれを逆に考え、「ベアトリーチェの動機に戦人への恋心が無い」ことの理由として「ベアトリーチェに戦人に対する恋の芽が無い」ことを考えることが出来るのです。

ここでベアトリーチェに恋の芽が無いと言っても、元々の紗音の段階から戦人に対する恋愛感情が無かったとは考えません。それでは事件そのものが発生する要因がなくなってしまうからです。
つまり「紗代を苦しめた戦人への恋の芽はベアトリーチェに預けられることが無かった」という部分だけ変更があったと考えるということです。

もしも紗代がベアトリーチェに恋の芽を預けた場合、ベアトリーチェが六軒島で活動を始め、真里亞との出会いによりマリアージュ・ソルシエールを結成し、恋の芽による苦悩を慰めることとなります。
そしてマリアージュ・ソルシエールで育まれた魔法の考えから生まれた「碑文殺人というルーレットで恋の決着をつける」「それが叶わなかった場合、黄金郷で全ての恋が叶う」という設定にもとづいた恋心を動機とする事件が起きます。

>真里亞には、感謝している。マリアージュ・ソルシエールのお陰で、どれほど妾の心は慰められたことか。この出会いがなかったら、……妾は恋の根とともに、朽ち果てていたかも知れぬ。
(EP7.1984年のベアトリーチェ)

そして紗代がベアトリーチェに恋の芽を預けなかった場合においては、ベアトリーチェは六軒島で活動を始めることがなく、マリアージュ・ソルシエールも結成されず、恋の芽は紗代を苦しめ続ける結果が考えられます。
そして「恋の根とともに朽ち果てた」紗代が起こす事件が「朽ち果てた恋の根の元凶である戦人を使った、苦しみの大元凶である夏妃への復讐」となるのです。


まとめ

ラムダによって作られたEP5のゲーム盤はベアトリーチェの動機に関して、「安田紗代が紗音の戦人への恋心である恋の芽をベアトリーチェに預けていない」という一つの変更行われており、それにより以下の変更点が発生します。

■ベアトリーチェについて
・恋の芽を預けなかった紗代は恋の根とともに朽ち果て、夏妃への復讐心を高める
・恋の芽が預けられていないためベアトリーチェが1983年以降の六軒島で活動しない
・事件発生前にベアトリーチェが活動しないためマリアージュ・ソルシエールが結成されない
・事件発生前にベアトリーチェが活動しないため、魔法の設定が練られず事件の魔法陣が綺麗に描かれない

■真里亞について
・マリアージュ・ソルシエールが結成されていないためさくたろうが擬人化されない
・さくたろうが擬人化されないため真里亞はさくたろうをただのぬいぐるみとして扱う
・真里亞がぬいぐるみを擬人化して遊ばなかったため楼座を怒らせず、さくたろうが破壊されない
・マリアージュ・ソルシエールの存在とさくたろうの破壊が無かったため、真里亞が他人を見下す為のオカルト知識に傾倒しない
 

このように、EP5はラムダデルタが好き勝手に作った「全くあり得ない世界のゲーム盤」などではなく、安田紗代が心の中で行った一つの出来事が無かった場合にあり得る、ベアトリーチェの動機が違うだけの世界のゲーム盤だったということが分かりました。

※以上の考察の内、漫画版でのみ「1986年で破壊されていないさくたろう」の描写がないのですが、それ以外については同様に考察でき、さくたろうについても描写が省略されただけと考えることが可能なので漫画版でも通用する考察となっています。